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Graff's Diary

ただ「話したい」という原点に戻る

『ひとりの体で』

ゲイとかレズとかバイなどの性的マイノリティ*1をテーマにしたお話。これまで、あまり関心のなかったテーマ。というか、学生時代にホモ*2の高校生につきまとわれて以来*3、どちらかというとそういった人たちへの嫌悪感を持っている私は、この小説でいうと悪役側になるかな。

で、あらためて考えてみたときに、性同一性障害で苦しんでいる人たちがいることは認識していて、その人たちに対して嫌悪感を持つことは、彼らにとっては理不尽なことであり差別だとも思うのですが、今バラエティ番組とかに大量出没しているいわゆる”おネエ”の人たちの、その部分を前面に押し出してくる強引さとの間にすごいギャップを感じて…いったいこれはなんなんだろうと。

それで頭を整理するためにネットで調べてみたら*4、「性自認」と「性的指向」という言葉があって、それは異なる概念である、と。ふむふむ。

性自認」とは、「自分は男性(女性)である」という自己認識のこと。「性的指向」とは、性欲や恋愛の方向を表す概念。性同一性障害は「性自認」において肉体の性との差異に苦しむ状態であり、行為としてのセックスとはわけて考えないかんわけやね。”おネエ”たちが前面に出してくるのは「性的指向」の方だと考えれば、一応頭の中は整理できる。

でも、このふたつは完全に切り離せるものじゃなくて、というか密接に関連していると思う。”おネエ”たちも単にふざけてやってるだけじゃなく、裏じゃすごく葛藤している人も多いと思うのです。実際に性転換までする人もいるわけだし。

 じゃ、そういう人たちに対して「気持ち悪っ!」って思うのは悪なんでしょうか。いろいろ考えても、「結局それって嗜好なんちゃうの。どうしようもないやん」ってところに落ち着いてしまうのは、自分を正当化しているのでしょうか。

ただ、彼らが行動やファッションで表現している表面上の特異さ*5ではなく、奥の葛藤に配慮できるかってところが重要なんかな。アーヴィングがネバネバと描いている意図は、そこかと。

 しかし、エイズ渦ってのはすごかったんやなあ… 今まで発症後の症状や闘病について描かれたものを見聞きしてこなかったから、今回この本を読んで思い知らされた。それに、感染に対する恐怖っていうのもね。トムの家庭のように、お父さんがゲイで感染し、お母さんはノーマルなのに、お母さんにも症状が出てきてしまうという。子供たちは、両親が死んでいくこととだけでなく、自分たちへの感染についてもおびえる。また、息子は父からの遺伝子についても…そこのところは、ホモとかそういうこと抜きにして、ほんと胸が痛んだ。

 

ひとりの体で 上

ひとりの体で 上

 

 

ひとりの体で 下

ひとりの体で 下

 

 

*1:この小説を読んでいると「本当にマイノリティなんかな?」と疑問に思うほど、そういう人たちがたくさんでてきますが。

*2:ホモとゲイの違いがわかりません。

*3:その当時はそういう言葉がなかったけれど、あれは今でいうストーカー行為。

*4:はてなキーワードで「性同一性障害」を調べてみてください。

*5:あくまでストレートの人間から見たときの、という意味です